宇津木えり
宇津木えり

Fashion インタビュー・対談

【インタビュー】「どうもありがとう」宇津木えりが語るメルシーボークー、での14年とこれから

宇津木えり
宇津木えり

 エイ・ネットで14年にわたり「メルシーボークー、(mercibeaucoup,)」のデザイナーを務めた宇津木えり。突然の退任発表に業界内外からは驚きの声が多く上がったが、宇津木はすでに新たな挑戦に向けて一歩を踏み出している。「感謝しかない」と振り返るメルシーボークー、への思い、そしてこれからのキャリアについて、退任後初のインタビューで語ってもらった。

— ADの後に記事が続きます —

「ありがとう」が詰まった14年

―メルシーボークー、のデザイナーを7月31日付で退任し、エイ・ネットからも退社されました。今はどんな生活を送っていますか?

 いつも通りなんですが、趣味で畑を耕したりしています(笑)。本当は次のことを考えなきゃいけないんですけどね。

―エイ・ネットについては長いお付き合いだったかと思います。まだご自身のブランドを持つ前の頃に、「ズッカ」や「ツモリチサト」でアシスタントを経験したそうですね。

 そうなんですよ。でも在籍していた時期はバラバラだったので、メルシーボークー、の立ち上げで声を掛けていただいた時、グループに関わるのは3度目だったんです。

―「メルシーボークー、」は2006年にデビューしました。ブランド名の由来は?

 フランス語で「どうもありがとう」の意味そのままなんですけど、私にとって絶対に忘れちゃいけない大事な言葉なのでブランド名にしました。最後についているカンマは「どうもありがとう」だけで終わらず、その先も続くようにという思いを込めています。

―以前ビギで手掛けていた「フラボア」はモードとポップが同居するデザインで男女に人気がありましたが、メルシーボークー、ではどんなブランドを目指していましたか?

 ポップだけど少しキレイめで、ミックスした服を作ろうと考えていました。フラボアよりも女性らしいデザインが多かったのかな。

―宇津木さんが思い描くブランドに育ちましたか?

 コンセプトが「清く、楽しく、美しく」なので、そういうブランドになるようにと育ててきました。規模は大きくなりましたね。

昨年には約4年ぶりのショーを開催しました。その時のコレクションに関する資料には「新しい挑戦」と書かれていましたね。

 時代に沿いながらポップ過ぎないブランドにしようとしていたところでした。それで、新しい山に登って再挑戦するという意味で2020年春夏コレクションは「山」をテーマにしたんです。でも、登っている途中で落雷とか色々とあったのかな(笑)。下山する形になっちゃったんですけどね。

2019年10月に都内で開催された2020年春夏コレクションのショー。ラッパーJuaとサウンドデザイナーSHIMON HOSHINOによる生演奏と共に。 Photo by FASHIONSNAP.COM

―今年の新型コロナウイルスも、下山の理由の一つですか?

 コロナの影響は、ブランドにとってはもちろんありましたね。ただ、コロナで色々とストップしたことで、自分にとって「何が幸せなのか」を考えるきっかけにはなりました。服を作ることは、もちろん幸せだけど。

―宇津木さんにとって一番思い入れのあるシーズンは?

 やっぱりファーストコレクションですね。初めはブランドの規模も小さかったし、東コレに向けたショーも色々な問題が起こって大変だったんですが、スタッフは嫌な顔せず「宇津木さん、頑張りましょう」とついてきてくれて。今でも思い出すと涙が出そうになるくらい、思い出深いコレクションです。

―それから14年、改めて振り返るといかがですか?

 私にとって、この14年という時間は本当に長かった。ビジネスの面でもクリエイションの面でも課題は常にあって、10周年を迎えた時も「ああ、やっと10年を超えられた」と思っていたんです。でも私、楽しまないとできない人間なので、辛いことがあっても、そこは逆に楽しんでやってきましたね。

―メルシーボークー、での14年を一言で表すと?

 「どうもありがとう、メルシーボークー、」。ブランド名そのままの気持ちです。

―商標などの権利は会社側にあるかと思いますが、もし宇津木さんが所有していたらメルシーボークー、を継続したかったですか?

 したいも半分、新しく挑戦したいも半分、かな。

―やはり前に進むという気持ちがあるんですね。

 私は「挑戦して楽しむ」という生き物なので(笑)。

 

ものづくりは止めない

―新しいブランドを立ち上げる予定とのことですが、次は企業下での活動ではなく独立されるのでしょうか。

 ものづくりを止めるという選択肢はない、というだけで具体的には何も決まっていないんです。まだ構想段階ですが、新しい"山"が現れて、久しぶりに燃えています。

―どんな構想ですか?

 例えば、アパレル業界で問題になっている、大量に服を作って在庫を捨てるようなことはやりたくない、ということとか。まずは服の作り方から考えていきたいと思っています。

―メルシーボークー、でも宇津木さんが自然農法に出会ってからものづくりの考え方が変わっていったようでしたが、趣味の野菜作りにも通じますね。

 肥料も除草剤も使わない自然栽培なので手が掛かって。でも、だからこそ楽しくて美味しいんですよね。今は、バジルに青じそ、赤じそ、コリアンダー、トマト、いんげん、きゅうり、しょうが、みょうが、ホーリーバジルとか......それから綿花も育てていて。これから私が忙しくなっちゃったら世話してあげられなくなくなるかもしれないので、今が頑張り時かな(笑)。

―SNSに上げている家の様子では度々息子さんが登場されていますが、同じデザイナーの道を進んでいますよね。

 彼は昨年末までの半年間、ロンドンに留学をしてたんです。でもコロナの影響で帰国してから働き口がないみたいで。そんな中で私も新しい道に進むことになったので、息子も次のプロジェクトに絡んでいるんです。もともと私たちは親子共々、兄弟もいなく、息子に限っては父親もいないという(笑)。母子というよりは兄弟のように仲良く手を取り合ってきたので、今回の事態を良い機会と捉えて一緒に動いてもらうことになりました。でもまだ半人前ですけどね(笑)。

―まだまだコロナの収束の目処が立たない状況ですが、立ち上げのタイミングについては?

 年内が理想です。まずは山の一合目まで行きたい。

―ちなみにその山はどれくらい高いですか?

 結構高いかも! だから滑って落ちて遭難しないようにしないと(笑)。

―笑。宇津木さんはいつも明るくポジティブな姿勢が魅力的です。

 でも過去には「服なんか作らない」と思っていたネガティブな5年間があったんですよ。色々なアルバイトに挑戦したんですけど、どれも続かなくて。結局その時期を抜け出せたきっかけが、ものづくりでした。「私の土台にはものづくりがあって、宝物のようなもの。これさえあれば生きていける」と気付けたことで、何が起こっても笑い飛ばすことができるんだと思います。ほら、「笑う門には福来たる」っていうじゃないですか。"福"は"服"、"来たる"も"着たる"と表現することもできる。服は笑いと密接だから面白いんですよね。

―「笑う門には服着たる」は、宇津木さんそのものですね。

 あとは土を触ることもエネルギーの源です(笑)。

―最後に、ファッション界のこれからを担っていく若者たちにエールをお願いします。

 ありがたいことに私は今まで夢を叶えてこれたので、「一生懸命やれば夢は叶う」ということをお伝えしたいです。今の子達は頭が良いから先を見越して「夢を持つなんて」と思う人もいるかもしれませんが、みんなが夢を持たなくなったら嫌だな。人生は一度きりだし、途中で下山してもいい。その経験が自分の成長にもつながりますから。

(聞き手:伊藤真帆)

最新の関連記事

Realtime

現在の人気記事

    次の記事を探す

    Ranking Top 10

    アクセスランキング