Emilio Pucci

エミリオ プッチについて

ブランドについて

 イタリアのファッションブランド。1947年、Emilio Pucci(エミリオ・プッチ)がデザインしたスポーツウエアが雑誌に取り上げられたことが始まり。現在、LVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)グループ傘下。

 ポップな色使いの幾何学模様などの独特のプリント柄のテキスタイルで有名。日本では"プッチ柄"と呼ばれている。

 上品なリゾートスタイルが特徴。シルクジャージーを用いたエレガンスなラインのドレスやカプリパンツ、スカーフなどが代表アイテム。

 様々なパターンの柄が施されたラグジュアリーなウエアや小物、Cappellini(カッペリーニ)社とコラボレートした家具など幅広く展開し、世界中で支持されている。

エミリオ プッチのデザイナーについて

 Peter Dundas(ピーター・ダンダス)

1965年、ノルウェーに生まれる。

 アメリカのパーソンズ・スクール・オブ・デザインを卒業後、「Jean-Paul Gaultier(ジャン・ポール・ゴルチエ)」、「Christian Lacroix(クリスチャン・ラクロワ)」、「Robert Cavalli(ロベルト・カバリ)」でデザインに関わる。

2005年、「Emanuel Ungaro(エマニュエル・ウンガロ)」のクリエイティブディレクターに就任。2006-07年秋冬シーズンよりデザインを手がける。

2007年7月、「Emanuel Ungaro」を退任。

 フランスの毛皮ブランド「Revillon(レビオン)」のデザインを手がける。

2008年、「Emilio Pucci(エミリオ・プッチ)」のアーティスティックディレクターに就任。2009−10年秋冬シーズンよりコレクションを手がける。

エミリオ プッチのブランドヒストリー

1947年、イタリア・ナポリ生まれのEmilio Pucci(エミリオ・プッチ)がデザインしたスキーウエアがハーパース・バザー誌の目に留まる。同誌の依頼を受け、レディースの冬服をデザイン。

 アメリカの高級デパート、ロード&テイラーと契約し、スポーツウエアを中心に展開スタート。

 その後、リゾートウエアや幾何学模様のプリント柄を世に送り出す。

1950年代、先の細いパンツのカプリルックを発表。

1960年代、マリリン・モンローやエリザベス・テーラー、ジャクリーヌ・ケネディらにより、アメリカで大ブレイク。

1964年、ブラニフ航空の客室乗務員の制服をデザイン。

1970年、大阪万博のイタリア館のコンパニオンの制服をデザイン。

1971年、アポロ15号使節団のエンブレムをデザイン。

1990年、CFDA(The Council of Fashion Designers of America)より表彰を受ける。

1992年、エミリオプッチが死去。

 娘のLaudomia Pucci(ラウドミア・プッチ)がデザインを手がける。

1997年、ミラノの会社に経営権を譲渡。

2000年、LVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)グループの傘下に入る。

2001年、カッペリーニ社、パトリック・ノルゲとコラボレートして家具を発表。ソファや椅子を展開。

2001-02年秋冬、ジュリオ・エスパーダがアーティスティック・ディレクターに就任。

2003年春夏、Christian Lacroix(クリスチャン・ラクロワ)がアーティスティック・ディレクターに就任。

 ラウドミア・プッチはイメージ・ディレクターを務める。

2004年、ロシニョールとの提携によりスキーウェアコレクションをスタート。

   同年2月、伊勢丹新宿店に直営1号店がオープン。

     11月、日本初の路面店を東京・銀座にオープン。

2005年、Matthew Williamson(マシュー・ウィリアムソン)がクリエイティブ・ディレクターに就任。2006年秋冬シーズンよりコレクションを手掛ける。

2008年10月、Peter Dundas(ピーター・ダンダス)がアーティスティックディレクターに就任。2009−10年秋冬シーズンよりコレクションを手がける。

最終更新: 2008.09.23