BALENCIAGA

バレンシアガについて

ブランドについて

 スペインで生まれ、現在フランス・パリを拠点とするファッションブランド。1915年、Cristobal Balenciaga(クリストバル・バレンシアガ)によりテーラーメゾンを開設したことが始まり。
 現デザイナーはNicolas Ghesquiere(ニコラ・ゲスキエール)。

 創始者のCristobal Balenciaga(クリストバル・バレンシアガ)は、女性服の革命者ポール・ポワレに師事し、「シンプル&エレガンスの父」エドワード・モリヌーの影響を受ける。「クチュールの建築家」とも称され、立体裁断や完璧な縫製技術からなる、シンプルかつ芸術性の高いスタイルを発表し、ファッション界に多大な影響を与えた。「モードの巨匠」とも謳われる。

 1998年春夏よりデザイナーを務めるNicolas Ghesquiere(ニコラ・ゲスキエール)は、伝統メゾンの刷新にあたり、新生バレンシアガとして衝撃的なデビューを果たす。
 伝統を継承しつつ、モダンで構築的な手法を用いた作品を発表し、世界中から注目を浴び続ける。


バレンシアガのデザイナーについて

 Nicolas Ghesquiere(ニコラ・ゲスキエール)

1971年5月9日、フランスに生まれる。

 母親の影響からファションに興味を抱き、15歳の頃に有名ブランド各社にスケッチを送る。
 「agnès b.(アニエスべー)」の目に留まり、見習いとして働く。

1991年、「Jean-Paul GAULTIER(ジャンポール・ゴルチエ)」のニット部門で2年半アシスタントを務める。

 その他「Thierry Mugler(ティエリ・ミュグレー)」のニットウェア・コンサルタント、「stephane kelian(ステファン・ケリアン)」等で務める。

1995年、「BALENCIAGA(バレンシアガ)」に迎えられる。ライセンス・ライン向けのデザインを担当。

1998年春夏より、「BALENCIAGA(バレンシアガ)」のチーフデザイナーに就任。

バレンシアガのブランドヒストリー

1915年、Cristobal Balenciaga(クリストバル・バレンシアガ 1895~1972)がスペイン・サンセバスチャンにテーラーメゾンを設立。

1919年、パリ・オートクチュール・コレクションに初参加。

1936年、スペインに内乱があり、拠点をフランス・パリに移す。翌年、ジョルジュ・サンク通りにメゾンを設立。

1937年、パリ プレタポルテ・コレクションに初参加。

1939年、ウール素材の黒いドレスシリーズを発表。

1953年、香水「ロー・フレッシュ」を発表。

1955年、チュニックドレスを発表。

1958年、レジョン・ドヌ-ル勲章を受賞。

1968年春夏コレクションの後、クリストバル・バレンシアガがデザイナーを引退し、オートクチュール事業、パリ店、バルセロナ店を閉鎖。

1972年、クリストバル・バレンシアガがスペインのヴァレンシアにて死亡。

 その後、メゾンはJacques Bogart(ジャック・ボガート)社によって所有され、香水ブランドとして継続された。

1987年、プレタポルテコレクションを再スタート。

1993年春夏から1997-98年秋冬まで、アントワープ王立芸術アカデミー出身のJosephus Melchior Thimister(ジョセフュス・メルキオール・ティミスター)がプレタポルテのデザインを担当。

1998年春夏より、Nicolas Ghesquiere(ニコラ・ゲスキエール)がチーフデザイナーを務める。

2001年、ジャック・ボガートの手を離れ、グッチグループ傘下に入る。

最終更新: 2008.05.07